私は「生きる」とは何かを思い出した気がする。

 

死にたいだとかごちゃごちゃ言っていたけれど、
そんな贅沢なことを言っていてはいけないんだなと思った。

 

社会福祉施設(特養とか)では、生死に関して何も思わなかった。
きっとそれは、サービスという形でそこに利益が生じるから。

介護士さん方には頭も下がる思いをする。
だが申し訳ないけれど、老後が安心やら、何やらと思えても、
やはりそういったサービスを提供する企業との労使関係である以上、
介護・介助の大変さしか伝わってこなかった。

 

今日は支援学校での実習であった。
支援学校では、肢体・知的障碍のある生徒の通う公立学校。

公立学校だから、当然年齢に応じた学年・クラスに所属する。

クラスには先生(教諭・講師含む)が5~6人いはって、
ほぼ生徒1人に対して1人が担当するという感じ。

先生は、現行法に移行されてから、
特支の免許(特別支援学校教員免許)を持ってるのかどうか
わかりませんけどや、まぁ今のところはなくてもできる。

まぁそんな制度のことはいいんだ。

 

うん、なんていうか生徒見てて、
一所懸命生きてるっていうのが伝わってきた。

こういう表現が良いのかはわからないけれども、
五体満足に生まれてきただけでも幸せなんだな、って。

それなのに自分のうまくいかないことで、
不幸だとか生きてる意味がないなんていうのは、
知らないいろんな人にも失礼なんだな、って。

 

「生きたいと願う人が死に、死にたいと願う者が生きている」

やっぱりこんな世界おかしいよね。

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テーマ:教師のお仕事
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