性別を超越して教員は、生徒に対して、

・「父性を持って接すること」
・「母性を持って接すること」

が大切になると考えられます。

 

当然、本当の両親には敵うものはないけれど、
もしそのどちらか、不幸にして両方ともに
恵まれなかった生徒のために、補い、満たされるよう
私たち教員はどう接すればいいのか。

当然、仕事という職務上の義務、
その半面に潜む人間(ヒト)という生物的なもの。

この線引きをどこに設定するのか。

 

感情をあまりにも移入しすぎて情が湧くと、
その一線を越えてしまいかねない。

何が正解なのか。
最も正しい判断は何なのか。

教員はいつかは生徒を送り出し、結果を知らないまま。
あの時、あの場所で、あーだこーだ言った結果は、
いったい彼/彼女たちにどう影響しているのか。

 

さて、私は父性というものを有しておらず、
どちらかというと何でも包み込むような母性的な面が多い(らしい

 

とはいえ、子どもは欲しくない。
正確にいえば、乳幼児から乳児期の子どもが欲しくないということ。

生まれればそうではないのかもしれないけれど、
結婚してもできればずっと2人のままでいたいとさえ思う。

でもそれは2人だからいえることで、
必ずどちらかが先にいなくなる(事故等は考えない)。

そういうときに1人で大丈夫なのだろうか。
私が残れば、それは耐えることができるかもしれない。
じゃあ私が先にいなくなったときの相手を考えると?

 

まぁ、最近になってからだけど、
子どもがいてもいいんじゃないかな、と思えるようになってきた。

いま、ドラマ「不毛地帯」を父親が毎週録画してみているので、
たまーに、遅い夕飯を1人で食べていると、見ていることがあります。

まぁ何度同じシーンを見てるのか・・・、というか寝るなら見るな、
寝てるのにチャンネル変えたら、「見てる」とかいって起きるな。

 

・・・どうでもいいや。
とにかく半強制的に視覚に入ってくるドラマがあるんです。
それが「不毛地帯」であったり、「24 -twenty four-」だったり。

んで、最近よく、嫁いでいく娘を送り出す父親のシーンを見るんです。

 

もうね、あーゆーシーンを見せられると、
父親っていうのは、ああも切ない気持ちになるのかと。
なんか齢24にして、泣きたくなるんだけど。

別れた彼女が他の男と付き合うことを知るのとは、
また違ったなんとも言えない感情になるんでしょうね。
まぁ、その相手が民法上の家族になるわけだから。

やー、もうなんか涙もろくなっちゃって困る。

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