大学は何をしに行くところか、を考えなければならない。

まず、学校というのは何であるか。
英語ではschool(スクール)と書くのだが、
この語源は、ギリシャ語でスコレ、すなわち「暇」という意味である。

つまり、農作業とかやっていてもヒマな時に、
学問について討論するという意味で使われだした。
これが古代ギリシャの思想家を生むきっかけとなった(たぶん)。


私は、自然についてもっと知りたかったから、
第一志望はK大農学部森林科学科だった。
(第二志望は獣医学科であったが、血がダメなので断念した)

でも、下宿とか通うのが大変だと思ったし、
何にしろ、センターが8割でボーダーすれすれだった。
しかも2次力が国語以外壊滅的だったから、
自転車で13分の公立の農学部に行くことにした。

もともと教員志望であったこともあり、
教職課程を履修しながら、植物について勉強した。
もともと勉強することは好きだから、
できるだけたくさんのことを知りたいと思っていた。


理系だから院まで進んで、それから就職を考えよう。


そう思っていた時期が私にもありました。


農学部のまま大学院まで進んでやりたいことはあった。
だけどいろいろとあって、4回生の夏前くらいから就活を始めた。

この頃から、うつが始まり、睡眠障害なども起きていたため、
うっかり実験器具を壊してしまい、卒業論文も志半ばで提出。
研究室の先生との相性もそれほど良くなかった。

就活を初めて20社くらい受けて内定が一つもないまま、
10月頃にようやく大学院について考えることにした。


このまま大学に残って研究を続けるか、
それとも教員一本に絞って教育大にするか。

周囲の声に押されて、教育大へ。


教育大は少し様子が違った。
一般的に大学の学部は就職予備校と言われてもおかしくはないが、
教育大は存在自体が専門学校の様相を呈しているので、
まずそのギャップに慣れなかった。

この頃、一番うつがひどくなって、
どうにもこうにもいかなくなってしまい休学に追い込まれた。


休学中のある時、高等学校の常勤講師(期限付き)募集を見て、
一度やってみようと思った。

教育実習ではできないこと、教育大に行っているということ、
それらを全部ひっくるめて講師をやり始めた。

すると、教育大で学ぶことと、講師をやることが、
上手いこと歯車が合ったように、モチベーションが高まった。


復帰した大学院では、完全に孤立していた。
同じ4月に入った同級生もほとんど知らないし、
翌年には2回生のくせに、1回生に混じって講義を受ける。

それでも休学したことや講師をしていたことはムダにはなっていない。


なんでもかんでも、周囲に合わせて行動するのはどうだろう。

周囲が大学進学していく中で、周りが4年間大学行っている間、
その4年間で社会に出て基本的なスキルを磨こうと、
高卒で行員となった堀木エリ子氏のように考える者は少ない。

とりあえず「周りが・・・」という発想は面白くない。
自分の道は自分で切り拓いて行け。行けば分かるだろう。


私もムダな半年の休学だと思っていた頃があった。
でも、今ではそれも一つの生きる道だったのかもしれないと思う。

挫折しないで敷かれたレールの上だけ歩くのはつまらない。
ポイントがどっちに入っているのかわからない分岐点はたくさんある。
1つ選択することは、その他を排除し諦めるということ。

だからこそ後悔しないような選択をする。
複数の選択肢があるなら、そのどちらを選んでも
後悔しない選択肢にすればいいだけの話である。


大学が企業に入るための予備校みたいになっていて、
試験はカンニング、出席は代返、サークル適度にって、
何をしに大学に入ったのかわからない。

「学問」とかアカデミーとかについて、
これから大学受験を控えていたり、院に進学する人に
いま一度、考えて欲しい。
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テーマ:教師のお仕事
ジャンル:学校・教育
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