今日の朝日夕刊から目についた記事から。
お隣の奈良教大で、同性愛についての講義や企画の
活動をされているB3の学生がいらっしゃるらしい。


セクシャルマイノリティ(性的弱者)というのは、
やはりまだまだ世間からの視線は温かくないです。

その方もやはり、最初は自分が、
同性が「好き」ということに悩んだということ。
誰かに言いたくても言えないということ。


彼女は言います。
「私が同性愛を堂々と語ることで、少しずつでも社会が変わればうれしい」
将来は中学の保健体育の教諭になり、生徒らに話すつもりとのこと。


偏重・偏見って、どうやって生まれるかというと、
子どもは直球しか投げられないことを知らなければなりません。

どういうことかというと、子どもは、
見たまま・聞いたまま・感じたままのことをそのまま口にします。

それをどう諭すかによって、つまり教育によって、
正しい方向へ矯正していく必要があります。


これは、身体不自由な方、LD、AD/HDとかも同じ。
それを子どもは「変」と思うわけです。自分と違うから。

でも、頭の柔らかい子どもたちには、
若い時からそういう教育をしてやれば、共存することも可能です。

しかし、性的弱者についてはある程度発達段階に合わせて、
第二次性徴の、異性を気になりそうなあたりになってからがいいでしょう。


そして、私も高校で同性愛や性教育について、
リーダーとして語るくらいの知識は持っているつもりで、
総合的な学習の時間でやりたいと思っています。

大学院の模擬授業で、同性愛をテーマにした指導案があります。
作ったものの使わなかったので、教材観・生徒観・指導観を公開。


①教材観
セクシャルマイノリティについて、80年代後半から「ニューハーフ」という言葉が世間で使われるようになった。最近では、徐々に芸能人としてテレビ番組に出演し、世間の目に当たるようになり、ずいぶんと受け入れられるようになってきているように思われる。だがしかし、依然として性同一性障害やトランスジェンダーが社会的な問題だといわざるを得ない。日本では人口のおよそ4%(約274万人:株式会社パジェンタ調べ)が同性愛者(LGBT:レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)だといわれている。日本国外においては、同性婚が認められている国(ベルギー、オランダなど)や、男女間の婚姻に準ずる権利を得るパートナーシップ法がある国(スウェーデン、ドイツ、イギリスなど)がある。だが日本では日本国憲法第24条に「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とされていることで、同性での婚姻にの可否については触れられておらず、賛否の意見がある。日本においても同性愛者人口を見れば、LGBTはとても身近な問題である。LGBTの人たちにとって、そのことにコンプレックスを抱き、自分の心の中に思いを閉ざして生きている人も多くいることを知る。

②生徒観
全体として活気にあふれ、少し落ち着かない学年ではあるものの、素直な生徒が多い。高校2年生となり、女子生徒は結婚できる年齢でもある。日常的に異性について考えることも多いだろうし、また校内や学校を越えて交際している生徒も少なからず見受けられる。そのような生徒たちにとって、恋愛は異性とするのが当然と考えているのが大多数であろう。

③指導観
人口の4%と考えると、学年に5名前後のLGBTの生徒がいたとしても、まったく不思議ではなく、無視できる問題ではない。まだ自覚がないだけで、この先に自分がLGBTにあてはまることに気付くことも十分にあり得る。そんな彼・彼女たちを受け入れられるような心や雰囲気を学年やクラス全体で作り育んでいく必要がある。そこで、実体験に基づいた話を紹介することによって、実際にLGBTの人の心の声を知り、その5名前後の少数派の生徒たちを支えていけるように、学年全体で考える時間が求められている。

2016年6月加筆・修正
指導案の一部を現状に則した形に修正しました。

・教材観の一部分
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テーマ:同性愛・両性愛
ジャンル:恋愛
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