いろいろ意見があるけど、
まず義援金や支援金、支援物資を送りたくなるのは、
日本人だからではなく、人間だからこそ、
ある程度恵まれた環境にあるからこそ、
そうでない人に手を差し伸べられると思うんだ。

自分の生活が逼迫させてまで、
誰かを助けようと思うのはそれは間違っている。
恩を売りつけているだけで、誰も望んでいない。
言ってしまえば自己満足である。

「自己満足=偽善」とまではいわないが、
まぁほぼ同意と言っても差し支えないだろう。


今日、政府が避難指示に指定している
福島第一原発からたった9kmしか離れていない浪江町に
野良化してしまったイヌにエサをやりに行くというスレを見た。

これはまさしく偽善である。



イヌにも命があること。
1つのかけがえのない命であることに異論はない。

そのイヌたちにも飼い主がいて、
飼い主はやむを得ず避難をしているか、
残念ながら飼い主が亡くなられたのかもしれない。

それを見て、心が痛む気持ちはわかる。


できることならば、すべてのイヌやネコが、
誰かに飼われ、その生涯を全うできればいい。

筆者自身、1頭のイヌをもらい受けて、
息を引き取るまで面倒を見たから言えることだが、
命を預かることの責任は重大であり、負担も大きい。
(特に老いてからの世話は大変であった)

当然、愛玩動物は我々に癒しを与えてくれる。
しかし、それだけで飼うことはできない。


浪江町のイヌたちは、突然野良になってしまった
かわいそうなイヌたちである。

しかし、しかしながら、
まったく見通しの立てられない、
放射性物質が拡散中の原発から9kmという土地柄、
そして飼い主を失ったことから懸念される衛生面。
どう考えても予後不良なのである。


さも英雄気取りなのかどうかわからないが、
自前で車を用意して、エサを与えに行った。
その行為自体は理解できる、共感もできる

だが、それはその場しのぎで、偽善でしかないのだ。


安全な場所に確保できるなら、そうするべきであるし、
少しでも不幸な命が救われることを望む。

だが、人間はエゴな社会性生物であることを思い出さなければならない。

年間、30万頭以上というイヌやネコが殺処分されている、
顔をそむけたくなるような現実もあるのだから。

ただこちらは、無計画な繁殖や避妊手術をしなかった、
おつむの弱い人間によって生み出された命であるが。
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