さて、今日も1つ食べましたら、ようやく恋の詩が出ましたので、
今日の日記にさせていただきます。



もの言ひ侍りける女の後につれなく侍りて、さらに逢はず侍りければ

あはれとも いふべき人は 思ほえで
 身のいたづらに なりぬべきかな

             ――謙徳公(藤原伊尹) 「拾遺和歌集」


<直訳>
約束をしていた女性が逢った後は冷たくて、その上逢わないでいたところに詠んだ歌

自分がどうなろうとも「可哀想だ」と言ってくれるような人は思いつかないで、
わが身はきっと死んでいってしまうのだろうなぁ。





さて、これを今の私に置き換えて説明します。


私は、抑うつを患い、外出することもままならず、人と接触することも嫌い、
しかしそんなことを話しても、人は聞いてくれても、
結局は病気のせいにして逃げているだけと言われるだけだし、
誰も「可哀想だ」とは言ってくれそうもない。

話を聞いてはほしいけれど、理解してもらおうと思うと、
相手には迷惑をかけるからそんなことはできない。

結局自分は誰の役にも立たないし、迷惑をかけるだけだから生きていても仕方が無い。


まぁ、そんな詩なんですよ(違
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