事出で来てのちに京極御息所につかはしける

わびぬれば 今はた同じ 難波なる
  みをつくしても あはむとぞ思ふ

               ――元良親王  「後撰和歌集」


<直訳>
ことが明るみになって、しばらくして京極御息所に贈った歌

思い煩っているのだから今となってはもう同じこと。
難波(なにわ)にある、澪標(みおつくし)のように、
身を滅ぼして(尽くして)でも、あなたに会いたいと思います。



・文法とか
「みをつくし」は、「澪標」と「身を尽くし」の掛詞。

”澪標”は、大阪市の市標にもなっているように、
大阪を表す「難波(なにわ)」にかかる枕詞(今回は前後逆なので関係なし)。
澪標は、船の水路を示す杭のこと。


元良親王は、第13番歌の陽成院(陽成天皇)の第一皇子。
しかし、陽成天皇が位を光孝天皇に譲ってから生まれたので、
天皇になることはなかった。

光孝天皇の次代、宇多天皇の妃である、京極御息所(藤原褒子)と、
密通していたことが表沙汰となり、関係を引き裂かれた後に、この歌を詠んだという。



<hの実情と妄想を踏まえた意訳>
あなたのことを思い煩っているのですから、いまさら傷ついてもどうってことない。
大阪の海にある澪標のように、雨が降ろうが、風が強かろうが、
たとえこの身が滅びようとも、一心不乱にあなたにいま会いに行きます!
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