いまはむかし、摂津国西生郡に、三嶋柊となむ同人作家ありけり。
これを親しく知る人、びぃえるとなむ呼びける。

日ごろ机に向かひつつ、色んなかけ合わせに興じけり。
彼自身もまたリアルに衆道を行きつ戻りつ、
心に移りゆくヤマなし、オチなし、意味なしな事を、
そこはかとなく書きつくれば、あやしうおぼゆれ。



いまや、「昔の名前で出ています」と言っても、
歳がバレてしまうので、あまり言及しませんが、
こう見えて同人活動をしておりました。

といっても、美術は赤点スレスレ、いわゆる「画伯」レベルで、
人に見せられる絵など描けやしないので、文章で表現しておりました。
幸い、絵を描くのが上手い同級生がいたので、サークルを組み、
南港のWTCで行われた即売会に一度だけ参加しました。

その時の源氏名ペンネームが三嶋柊。
いま、そのペンネームやサークル名をGoogleで検索しても、
当時の面影を残すモノは出てきませんでした。
けれど、あの頃は本当に若さだけでなんとかなるものでしたねぇ。。。



高2くらいから自分で妄想全開の文章を書き初めてみると、
低空飛行をしていた国語の点数が徐々に上がり始めました。

それまでは本や活字というモノを敬遠していて読まなかったのです。
読んでも「三毛猫ホームズ」シリーズ(赤川次郎 著)とか、
それかいわゆる原作がPCゲームの表紙カバーが赤い本
まだライトノベルというジャンルはそれほど流行していませんでした。


自分が相手に何かを伝えたい。
相手に印象を与えたい。伏線を張り、そして回収する。
そのためにどういった文章をどこに持ってくるか。
これが理系にはパズルのようにしか思えません。きっと東野圭吾もそのはず。

でも、その考え方で文章を読んで行くと、
設問側の意図がわかってくるので、読み解くことが可能に。

設問者の意図がわからないと答えが出せないじゃないですか。
ある作家が、問題に自分の作品が使用されたときに、
「自分でもわからない」って言ってるくらいですから、
結局は設問者の満足のいく答えを出さないといけないワケです。


日本の教育のダメな点はここですよね。
子どもの柔軟な発想をダメにしてしまう。

Q. どうして(別の答え・解き方)じゃだめなの?
A. 答えにそう書いているからよ

本当に教育現場でこんなやりとりが行われているから驚きである。

そのくせ、社会に出ようと思ったら「若者の柔軟な発想」が求められる。
就職面ではまだ「言われたことを言われたとおりにする」人が、
一定数求められているのでいいかもしれないですがね。


結局何が言いたかったのか、よくわからないけれども、
最初に戻ってみると、高校生の時が一番楽しかったかな。
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テーマ:同人活動
ジャンル:サブカル
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